1.今年の話
① ドラフト、球団関連
・指名される自信はありましたか。
事前にいくつかの球団から声をかけていただいてはいましたが、具体的なお話はありませんでした。指名されるとしても下位か育成ぐらいだと思っていました。

・指名されるとして何番目ぐらいだと思っていましたか。
早くて5位とか6位ぐらいかと。3位で呼ばれて驚きました。

・呼ばれた瞬間は驚いたということですが、それ以外に何か思いましたか。
これから柳田選手や甲斐選手のような日本を代表する選手と一緒にプレイできるんだという楽しみというか期待を感じました。。

・いくつかの球団から声がかかっていたという話も聞きましたが希望の球団はありましたか。
指名してもらえれば本当にどこの球団でもよかったです。でも改めてソフトバンクに指名されて「すごいいい球団だな」っていう風に皆に言ってもらえて本当にソフトバンクに入れてよかったなっていう風に思っています。

・ソフトバンクというチームのイメージは。
4連覇していることと、施設やコーチ陣が充実しているチームで、多くの人が思う強いソフトバンクという、もうただそれだけです。

・入団したら最初の目標は何でしょうか。
けがをすることが一番だめだと思うのでしっかりけがしない体を今から作っていこうと思っています。自主トレとキャンプを頑張り自分をアピールして開幕一軍を目指します。

・自分の持っている強みとか、逆にここは改善していこうかなと思っているところはどんなところですか。
広角に強打が打てるというのが自分のアピールポイントです。プロのボールではまだ体験していないので分からないですが150㎞/hを超えるプロ野球選手のピッチャーに負けないようなしっかりとした体作りが必要だと思っています。

・福岡はまだ訪れたことがないそうですが、福岡の地に期待するものは何かありますか。
ファンの熱さが凄いチームなので、その大歓声の中でプレイできるというのが楽しみです。

・2人の弟さんから何か言葉ありましたか。
いや、特には何もなかったです(笑)

② 神奈川大会
・8月の神奈川大会といえば、やはり2回戦の慶応湘南藤沢との戦い抜きに話は出来ないのですが、まず修平さん(お父さん)にお聞きします。8回に8-8の均衡を破るソロを放ちました。この時の気持ちをお聞かせください。
今年は無観客試合で家族もスタンドに入ることが出来なかったので、自宅でネットでの速報をひたすら見ていました。なので活字だけ見て、あー!打った!みたいな(笑)

・牧原選手にお聞きします。この日は1回に返球を顔面に受けて流血の事態となりました。モチベーションへの影響などは特になかったのでしょうか。
当たってから試合前半の記憶はないです。途中でグラウンド整備が入ってからの記憶しかないですね。

・相手投手の田上選手も、1年生ながら素晴らしいキャリアの持ち主で注目されている選手ですから、こういう選手と相対するということは、逆にケガなど忘れるくらいモチベーションが上がったのではないでしょうか。
U-15の選手ということでレベルは自分よりも上だったかもしれませんが、自分は高校3年間積み上げてきたものあるので1年生には負けていられないという思いもありました。

・神奈川大会はチームとしては5回戦で敗退という結果になりましたが、個人としては打率4割という素晴らしいものです。ご自身ではこの数字をどう評価しますか。
もうちょっと打ちたかった。あの場面でこうしていればという反省点ばかりです。

・修平さんにお聞きします。この4割という数字のバックボーンとなっている物はなんだと思われますか。
家にいるときはボケーっとしているんですがユニフォームを着た瞬間に戦闘態勢に入るというか、表情もスイッチが入って変わるようなんです。練習も真面目にコツコツやるタイプらしく、本人は納得いかない部分はあっても親目線でみればホームランの数とか打率4割というのは凄いなぁと思います。家では素振りとか特にしないので、練習時間に全てを出し切って帰ってくるんだと思います。オンとオフの切替えがいい結果を出しているんでしょう。

2.トレーニング
・牧原選手といえば左右に打ち分ける長打力と強肩と言われています。それとキャッチャーというと、下半身も強いというイメージがあるのですが、その体力を支える普段のトレーニングはどういったものなのでしょうか。
特にウェイトや走り込みを毎日しているということはなく、練習をしっかりしていれば自然と体力がついてくると感じています。日大藤沢の山本監督の指導は分かりやすく的確で、自分の力を常にベストの状態に保てる練習方法を見つけることが出来ました。

3.少年時代~高校時代
・修平さんにお聞きします。小学校、中学校の頃はどんな子どもだったのでしょう。
長男なので初めての子育てでしたが、野球に興味を持ってくれるようにいろいろ仕向けたので、物心つい た時にはボールに親しんでました。

・教育方針というのは何かありましたでしょうか。
特に勉強でいい成績をということはなく、健康であればいいという感じでした。もう野球さえやってくれてい ればよかったです(笑)親子で楽しめるので。

・牧原選手にお聞きします。プロ野球選手になるんだ!と意識し始めたのは、いつ頃からでしょうか。
小学校の頃は漠然とした夢でした。完全にプロを意識し始めたのは中学になってからですね。ただ、中学3年の頃に同じ世代の選手が侍ジャパンなど大きな大会に選抜されていましたが、自分は選ばれなかった。関東選抜には選出されましたが、自分より上の選手が何人もいることを知り、プロにはなれないかなとも思いました。でも高校2年の時に、夏の大会で注目されて、ここからですね、自分いけると。プロを目指してしっかり頑張ろうと明確に考えるようになりました。

・チームメイトからは何と呼ばれていましたか。
特にないです。牧原とか巧汰とか。

・守備ではキャッチャー以外もあったとのことですが、苦労したことなどはありましたか。
基本的にはキャッチャーをしながらいろいろなポジションを経験しました。ショートに立った時に思いましたが、ポジションなりの考え方があるので、試合を様々な角度から見ることが出来ていい経験になりました。

・普段の利き手は右手だと思いますがバッティングは左利きになっていますよね。最初は右投げ右打ちで途中から左打ちに変えたのですか。
巧:最初から左です。
父:巧汰は最初にバットを握ったときに左手が上になるように握ったので、あぁ左利きなんだなと思って。

・ひのきビートルズ時代の思い出とかエピソードはありますか。
ひのきビートルズって強いチームなんで、弟の代や、自分たちの先輩の代がすごく強くて自分たちの代は弱いって言われていたんですけれど、やっぱり県大会に行ったことはすごい思い出。県大会で準優勝したんです。

・なかなか周りの評価は低かったかもしれないけど県大会まで行ったというのはすごいですよね。
巧:たまたま神がかって…
父:巧汰の代の時は6年生が6人いたんですけれど、5年生と4年生が1人ずつで3年生が5人のチーム構成でした。だから本当に弱いっていうより、個々の6年生の能力は低くないですけど9人のフィールドの中に3年生が2~3人出ているんでどうしてもチーム力としては低かったです。そういう面で弱かったという感じなんです。

・小学生時代に、監督とかコーチに言われた言葉で印象に残っていることはありますか。
野球の技術とかはすごい色々教わったんですけれど、でもやっぱり道具を磨くっていうことです。他の少年野球チームとか見ていて道具がめっちゃ汚いんですよ。でも、ひのきビートルズはすごい道具がきれいなんですよ全員。なので道具をきれいにしろっていうのは印象に残っています。

・日大藤沢高校を選んだ理由は?
キャッチャーでプロ野球選手になりたかったのでキャッチャーを教えるのがすごい上手い監督がいると聞いて 選びました。

・2年生の大会ではあと1勝で甲子園と結構勝ち進んでいきましたが、その時の記憶というか感想はどうでしたか。
大会自体の思いは、悔しかったし、その一言しかなかったんですけれど。甲子園にはあと一歩で行けなかったんですけれどやっぱりあの神奈川大会の決勝というのはすごいところで、決勝まで進めたっていうそういう自 信にはなりましたね。

・神奈川予選は試合数が多くてピッチャーが複数人いないと厳しい印象ですけれど、準決勝の最後の方でピッチャーは投げられるのかなって感じがしたのですけど実際に球を受けていて最後のほうはどうでしたか。
もう疲れたとか話にならないくらいアドレナリンがすごい出ていて、ボールを受けていて疲れているなとかはあまり思わなかったです。疲れているかは球を受けていても分からないんですけれど、投げている本人は疲れていると思っているのでキャッチャーとして何かしなきゃなとは思っていました。

・高2の時があったからこそ高3では甲子園に行きたいと思ったと思うのですけれど、一方で今年コロナの影響で甲子園出場できなくなったということに対しての気持ちは。
甲子園がなくなったとニュースで知ってモチベーションはすごく下がりましたね。チームとして目標としていたのもありますし、個人としてもプロ野球選手になるっていう目標があってそのためには甲子園に出て活躍しなきゃだめだと思っていたんで。でもすぐに神奈川大会が開かれるという情報をいただいたので、それでモチベーションが上がりました。神奈川大会で高校野球人生を終わらせようというふうに切りかえられました。

・相手のピッチャーに研究されているとか、あまりストレート投げていないとかは感じましたか。
あんまり研究されているなとは思っていなかったです。

・コロナ自粛期間中はチームとして活動していましたか?それとも自主トレをしていましたか?
チームとしては一切やっていないですね。家族と一緒にやっていました。それまではそういう時間もなかったのでコロナになってからそういう時間が増えましたね。

4.その他
・修平さんへお聞きします。プロ野球へ息子さんを送り出すにあたり一言。
選ばれた人間しか行くことが出来ない世界であり、精鋭の中からの9人になれるよう、ここがスタートだと言い たい。世間的に見れば巧汰は就職したということになるので、先行投資をしてくれる球団に対して1日でも早くチームの戦力になれる ような人材になってもらいたい。

・木製バットは使いましたか。
もう使っています。金属に比べて芯が小さいので最初は飛距離が出ま
せんでした。しっかり捕えなければいけないので技術がいると思いま
す。

・応援してくれている大野中地区の人たちに一言。
神奈川県相模原に住んでいて、神奈川の中でずっと野球をやってきて
いたのでずっと地域の人たちに応援してもらってきたと感じています。
家を出て野球するという生活はまだ経験したことがないので不思議な
気持ちではいるんですけど、地域の人たちの応援もあって夏の大会も
モチベーション上げてしっかり試合に臨むことができたので、神奈川
を離れても引き続き応援よろしくお願いしますというのと、期待にこ
たえられるような結果を出せるように頑張りますと報告したいです。